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日韓万華鏡

昭和のスイーツ

子供のころの思い出深い昭和のスイーツを一緒に思い出してみませんか?駄菓子類ではないケーキと和菓子の世界です。なんとなくチョコレート系やあんこ系が多いのは私の個人的な好みです。

明治ミルクチョコレートデラックス
市販品のミルクチョコレートなんてみんな一緒だろ?っていうあなた。そんなことはない。各社微妙に味が違うのだ。ロッテガーナチョコレートだと微妙に酸味があって、葉にキンキンくる。
明治ミルクチョコレートデラックスは全体的にほんわか、柔らかい甘さに包まれるのだ。それが小さい頃お気に入りで「鼻血出すよ!」と両親に咎められつつ1枚ペロリ。幼稚園までは海苔付きの大きな醤油煎餅にハマっていて「バリ」と呼んで愛好していたが、小学校に入るといきなりケーキとかチョコレートが大好きになったのだった。おかげで幼稚園児の頃は一本もなかった虫歯が小学校に入ってたちどころにわんさか出来てしまったが。
現在もクリームの地に金のストライプだが、板チョコ全体が薄くなっている。昔の分厚いやつのほうが食べごたえがあったなぁ・・・。
福砂屋オランダケーキ
子供の頃、時々父がデパ地下でお土産として買ってきてくれたのがこの「オランダケーキ」だ。一応ココアカステラの一種なのだが、単に記事にココアを練りこんだ長崎カステラではない。レーズンと刻んだくるみが練りこんであって、ちょっとチョコレートパウンドケーキみたいな味のものなのである。甘すぎずちょっとビターな感じがなかなか素晴らしい。子供の頃、これ食べて喜んでいたわけだから、随分とまた小生意気なガキだったのかも…。
最近島屋で買って食べてみたのだが、ちょっとレーズンとくるみの分量が減っていたような…。
レーズンとくるみはもうちょい多い方が旨いと思うが。
青柳ういろう
名古屋土産の定番「青柳ういろう」。これ、何故か東京のデパ地下でも売っていたのだ。しかもCMも流れていた。「白黒抹茶、あがりコーヒー柚子桜」というフレーズを未だに覚えている。これも父がたまーにお土産で買ってきたのだった。羊羹とは違い、遠慮がちで控えめな甘さがかなりクセになる。
ういろうというのは元々は苦い丸薬の名称で、江戸時代、その口直しとしてお菓子のういろうが考案され、「外郎餅」と当初は言われていたらしい。
「拙者親方と申すは、御立会の内に御存知の御方も御座りましょうが、御江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町を御過ぎなされて、青物町を上りへ御出でなさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、只今では剃髪致して圓斎と名乗りまする。」という歌舞伎「外郎売」の出だしはアナウンサーや声優の学校、俳優養成所の滑舌訓練でよく用いられている。ちなみに、青柳ういろうは1879年創業で、青柳ういろうは1931年から販売されている。
喜久屋のラムボール
スポンジケーキにラム酒入りシロップや、キルシュ酒入りシロップを染みこませたケーキを「サバラン」という。その名称は19世紀フランスの美食評論家ブリア=サバランにあやかったもの。そのサバラン、子供の頃から好きだった。そんなアルコールの匂いがプンプンする奴が好きな子供なんて大人になったらろくでなしになるぞ!と子供ゴコロに思ったが、結果的には甘いものとお酒の両方を嗜む両刀使いになってしまった。糖尿にならないようきをつけねば…。さて、このサバランにはちょっとした変形バージョンがある。それがこの「ラムボール」だ。ラム酒入りのスポンジケーキが丸められてチョコレートコーティングされた感じだが、正確にはラムレーズンをスポンジ生地に入れて発酵させて作るのだとか。ラムボールは元祖の店が横浜・元町の喜久屋洋菓子店。1924年創業の店で、初代は日本郵船の客船に登場するパティシエだったとか。ラムボールは創業時は四角かったが昭和10年代に現在のような丸型に変わったそうである。まさに昭和横浜の大人のケーキだ。
氷汁粉
これは夏季限定の甘味である。小学校の頃だった。海水浴の帰りに父が私をあんみつ屋さんに連れて行ってくれた。
そのとき、店内に貼られたお品書きの中から「氷汁粉」というものを見つけ、頼んでみた。
出てきたのがこれ。
かき氷なのだが、妙に甘いシロップではなく、底の方に白玉とゆであずき(粒あん?)がたっぷりと入っていたのだった。これに抹茶をかければ「宇治金時」だ。
外のカンカン照りの日差しで火照った体と舌を氷が冷やしてくれ、柔らかい白玉と優しい粒あんの甘味が染み入る感じだ。
すっかり味をしめてしまった私は以降、家でもお店でもかき氷というとこればかりになり、家内や子供を呆れさせている。
シベリアケーキ
別名「羊羹カステラ」。カステラでこし餡、もしくは羊羹を挟み込んだお菓子で20世紀初頭に考案されたものらしい。
一説によると愛媛県松山の郷土菓子「タルト」をロール型からサンドイッチ型に変形させたものという説もある。
ジブリ映画「風立ちぬ」で主人公の堀越 二郎が駅で父親の帰りを待つ子供たちに買ってあげるシーンで登場したので、あれか?…とピンと来た方もいらっしゃることだろう。
昭和戦前にはかなり一般的なおやつだったらしいが、戦後徐々に廃れ、「風立ちぬ」で再び注目された。
オランダケーキやラムボール、サバランあたりならコーヒーのお供にピッタリだが、これはどうかな…。洋菓子と和菓子の合体としか言えない世界なので日本茶の方が合いそうな気もするが、多分、紅茶のお供かな…。
うぐいすもち
金沢区六浦のヨークマートから六浦小学校の方へ抜ける道の途中に踏切があり、その踏切のたものとに榮太楼という和菓子屋がある。
1月から4月ぐらいにかけてうぐいす餅が店頭に並ぶのだが、ここのうぐいす餅が絶品だ。
中の餡は半煮えの時に小豆の皮を剥いてしまう皮剥き餡で、控えめで奥ゆかしい甘さがクセになる。その庵を包むのは端をすぼめて鳥の形に整えた薄手の求肥。そして表面にグリンピースの粉で出来た香ばしい黄緑色のきなこがたっぷりとかかっている。
店によっては中の餅が草餅でかかっているきなこが普通の黄色いきな粉というところもあるが、やはり、うぐいす餅のきなこは緑色のやつでないといけない。実はこの榮太楼のものが、新宿に住んでいた頃、父がよくデパ地下で買ってくれたものに味も姿もとても良く似ていて、小さい頃を思い出させる味なのだ。そういう意味では私の中ではこれもまた立派な昭和の味だ。
たぬきケーキ
カップケーキにバタークリーム製の頭を付け、チョコレートコーティングで信楽焼の狸の置物風の顔を付け、スライスアーモンドで耳をつけてたぬきの格好にひとつひとつ整形したお菓子を「たぬきケーキ」という。エクレアやサバランのようなメジャーなケーキではないが、1970年代には街の小さなケーキ屋さんやパン屋さんで見かけた。
私が中学生の時は昼食用のパン注文の予約用紙にこの「たぬきケーキ」がラインナップされてよく食べたものである。
一つ一つバタークリームの頭を整形しなくてはならず手間がかかるのと、生クリームの普及により、近年急速に姿を消している。
中学の頃よく食べたあの懐かしいたぬきケーキをもう一度食べよう!探した結果、横浜周辺では湘南台駅西口徒歩5分のダイソー向かいの「ボナール洋菓子店 湘南台店」で「ポンタくん」(¥180)という商品名で売っていることが判明した。
顔はバタークリームだが、胴体はほんのりオレンジの香りがするチョコレートケーキ。